これくたぶる!

モンスターマスクコレクター、ALI@ハット卿のマスクと本と映画に関する無駄話。不定期更新。

恐怖の蒐集/世界恐怖小説全集

もう20年ほども前のことだが、当時愚生は熱心に澁澤本の完蒐を目指していて、時間があれば即売展に顔を出し、都内近県の古書店めぐりにあけくれていた。ある日お気に入りの古書店のひとつであった八王子S書店の入り口で店主と澁澤のデビュー作であるジャン・コクトーの翻訳「大股びらき」*1について、しばし立ち話になったことがあった。
当然の話の流れで書名である「大股びらき」をやたらに連呼していたところ、丁度入り口から入ってきた若い男女のカップルとふと目が合った。その二人は揃って目を真ん丸に見開き、まるで汚いものでも見るかのようにこちらを睨み付けているではありませんか。「あ〜この人たち完全に誤解してるやん」とは思ったが、さりとて急に話を止めることもできず、その後もさらに数回「大股びらき」を連呼し続けた私ではあった(^^;

古本にまったく興味のない人にこの趣味の醍醐味を説明するのは難しい。今回取り上げる「世界恐怖小説全集」も、一般人にはちょっと理解しがたい魅力を持った叢書かもしれない。

平井呈一翁が編集に携わった戦後初の本格的怪奇小説叢書として知られるこのシリーズ、当時はあまり売れなかったそうな。それでは現在は二束三文かというと、これが全くの逆。バカ高いのである。函付きの並本で2,3千円、ちょっと綺麗で珍しいところなら4,5千円、帯でもついていようものなら軽く1万円を超えてくる。しかも常人には理解しがたいことに、収録作の大半が現在文庫等の流布本で簡単に読めるのだから「なんでわざわざ買うの?」ということになる。まぁそこはそれ、「コレクタブル」な古本なので、という一言で毎度お茶を濁す訳ではあるが。

一応、蒐書の動機を探ってみれば、やっぱり平井呈一のファンなので、ということはある。また、記念すべき戦後初の本格的怪奇小説叢書であるという資料的な価値、さらには全12巻という巻数が蒐書に取り組むには手頃な量だったから、ということもあっただろう。この巻数については特に重要である。これが「ポケミス」、「宝石」全冊蒐集とか果ては「新青年」、「Weird Tales」フルコンプとかになってくると、もはやライフワークになりかねないからだ。

でも有体に言えば、やはりコンパクトな新書サイズで、個性的な函絵と雁垂れ装*2の軽快なコンビネーションが観ていて愉しい、というのが一番の理由かもしれない。函背のカラーもそれぞれに異なっていて、ずらっと並べるとまるでお菓子の函みたいにカラフルなのがとても良いのである。ただ、帯の高さもまちまちなのでいささか見栄えが悪いのだが。

函絵は松野一夫、金子三蔵、日下弘真鍋博等の錚々たるメンツが競い並び、全巻統一の品川工のアブストラクトの表紙絵と好対照になっている。個人的には4巻「幽霊島」の松野一夫、5巻「怪物」の藤野一友*3のダークな具象が好みだが、9巻「列車〇八一」の宮下登喜雄、10巻「呪の家」品川工の抽象画も捨て難い。

全12巻のうち、比較的入手が難しいのは4巻「消えた心臓」、12巻「屍衣の花嫁」あたりだろうか。9巻「列車〇八一」は割と裸で出てくることが多く、価格も函が付いているだけで5千円〜1万円近くなることが多いのは、かつての澁澤ブームのなごりかもしれない。

あまり人気がないのは1巻「吸血鬼カーミラ」、6巻「黒魔団」あたり。早くから文庫編入で手軽に読める上、「黒魔団」などは何度か新装版で出ているのでいまさら感があるのかも。

中身に関してはどれも面白いが、「幽霊島」「消えた心臓」「こびとの呪」あたりが気に入っている。特に「幽霊島」にはこれでしか読めない話が収録されていて貴重。ブラックウッドは多作だったがあまり作品が翻訳されていないようなのが残念である。全集が出ていても良いくらいの作家で、南條竹則氏あたりにもっと頑張ってもらいたいところだ。

この本を集める際にちょっと気になるのは帯の有無だろう。帯付きを見かける機会は同じ東京創元社から出ていた同時期の人気叢書「クライム・クラブ」よりまだ少なく、たまに見かけると古書価もぐっと跳ね上がる。専門古書店でも当然高いが、AmazonなどではPC初心者、ネット初心者の"一本釣り"を狙っているのか古書相場の2〜3倍付けているどぎついセラーも目に付く。購入の際は複数の書店で価格・状態等の比較検討を行うなど、十分な注意が必要である。

とまぁ、こんな状況だが巻数も少ないので揃えて楽しむには格好の叢書ではあるまいか。総額は高くなるが、やはりセットで買うより状態の良いものを時間を掛けて1冊づつ探しながらちまちま集めるのがお奨め。ジグソーパズルを完成させるように少しずつ揃っていくのを観るのはなかなかに愉しいものである。

藤野一友の雰囲気抜群の函絵

結構キキメ? の「消えた心臓」

いかにもな感じの帯のキャッチコピーが楽しい

なかなか渋い表紙デザイン

画像は私のコレクションで帯付きは半分ほど。必ずしも帯付き完蒐を目指しているわけではなく、なんとなく買っていたらこうなったという感じ。でも状態の良いのが売りに出ていたりするとまたついつい買ってしまうんだろうなぁ。もう病気である。嗚呼。


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*1:ジャン・コクトーの青春文学。タイトルの『大胯びらき』とは、舞踊用語で両足がぴったり床に着くように広げるあれのことである。作品の中では少年期と青年期のあいだの距離の暗喩としても使われている。

*2:仮製本の一つ。表紙の小口側の袖を長くし、表紙の裏側に折り込んだ小口折り表紙のこと。

*3:藤野一友(1900〜1990):近年再評価されているシュルレアリズムの画家。サンリオSF文庫のディック「聖なる侵入」、「ヴァリス」などのカバーに作品が使われたことでお馴染み。